奇跡の後輩、胃がんステージ4からの生還

臼井真寛さん(S52国文、英文タイプ部)が、福岡県内にある大企業の子会社の社長をしていた頃の話。親会社所有のすべてのビルのメンテナンスが主な仕事。早い話、掃除のおばちゃん、おじちゃんの管理。掃除のおばちゃん、おじちゃんは、24時間、誰にも見られることもなく、ただひたすら、黙々と、働いている。こういう人たちの労に報いるために、「サンキューカード」を配ることにした。1枚につき、5万円を支給することにした。ボーナス時に、「サンキューカード」の枚数分が加算されることになる。この社長は、自ら、ときおり、24時間、あちこちのビルに、ランダムに行き、誰にも見られることもなく、黙々と、働いている掃除のおばちゃん、おじちゃんに「お疲れ様です。ありがとう。」と声をかけ、「サンキューカード」を、そっと、手渡すのである。
ある時、胃がん(ステージ4)が見つかり、九大医学部付属病院にて、手術をした。抗がん治療が半年にさしかかる頃に、本を山ほど読んだ後、意を決して、執刀医であり、主治医に、抗がん治療をやめると言ったそうです。医者に「死ぬぞ。」と言われたが、「死んでも構わん。」と切り返した。抗がん治療をやめて、2ヶ月は、にんじんを中心としたゲルソン療法をやったみたい。その後、いろいろと試して、腫瘍マーカーはゼロになった。ちなみに、「執刀医は、俺より先にがんで亡くなったよ。」というのが、彼のいつものオチとなっている。この執刀医の話では、九大医学部付属病院で、胃がん(ステージ4)から生還したのはたったの2例しかない。
入院中に見舞いによく来てくれたのが、掃除のおばちゃん、おじちゃん達。安い給料の中から、わざわざ、高額な漢方薬を買ってきては、これが病気に効くみたいだと言って、持ってきてくれた。
不思議な話なんだが、自分の部下で、がんで入院した人が5人いた。その内、2人は、ゆっくり入院できるにもかかわらず、仲間が、早く退院して一緒に働いてくれというもんだから、のこのこ、働きだした。この2人は、現在も、元気に働いている。残りの3人は、のんびり入院を続けたが、残念ながら、亡くなった。

